相手の話を聴く、風や自然の音に耳を澄ます、心地よい音楽をたのしむ——。私たちの暮らしのなかでふだん何気なく耳にしている音。見過ごされがちな五感の体験を通じて、豊かな社会を目指す関西の会社があります。教育分野で探索的なワークショップを行うなど、未来の可能性を切り拓く取り組みは、すでに始まっています。
「音の報せる力」で「安心」「信頼」「感動」を提供
今回は神戸市に本社を構える業務用音響・映像機器メーカー・TOA株式会社(ティーオーエー、以下TOA)にうかがいました。
TOAは公共空間などで音を流すための業務用音響機器や防犯カメラシステムなどを手がけているメーカーで、このたびの大阪・関西万博においても、さまざまな音響機器やセキュリティ機器が会場などに採用されているそうです。駅や空港などでの案内放送、デパートや商業施設でのBGMなど世界中で活躍され、きっと皆さまも身近なところでTOAの音を耳にしているはずです。中でも火災などの非常時に緊急情報や避難情報を届ける非常用放送設備の市場シェアは高く、また音だけでなく学校までの通学路や繁華街に設置され人々の安全を見守る防犯カメラシステムなど映像機器も事業の柱。「音の報(しら)せる力」をコア・コンピタンスに、「安心」「信頼」「感動」を提供することをミッションとされています。
会社として90年以上の歴史があり、昭和9年(1934)の創業当初からマイクロホンやスピーカー、アンプを製造・販売し、戦後、メガホン(拡声器)や拡声装置で飛躍。特に世界初となった「電気メガホン」は選挙遊説を行う立候補者たちからも好評を得ました。また、前回1970年の大阪万博でもパビリオンのPAシステムをはじめ、「モノレールステーション」の自動放送システム、会場内を走る「ラジオカー」など、TOAは機器・システムを通じて多くの人を音でおもてなししたそうです。


そうしたTOAの宝塚市にある研究開発拠点が2020年に「ナレッジスクエア」としてリニューアルし、開発者だけでなく、取引先、協力会社、大学・研究所などの専門機関など、多種多様な人々や情報が集い、新しい価値を共に創り出す「共創」の場として生まれ変わったそうです。新設した研究開発棟ココラボでは、未来につながる技術開発と、専門性の高いさまざまな分野の企業との協業によって実現した「TOAミライソリューション」も展開されています。
そこで、新たな事業領域のマーケティングに取り組んでいる開発室 宮田哲(さとし)さんに、その考え方や具体的な取り組みの事例を話していただきました。
宮田さんメーカーが持続的な成長を続け社会から生かされていくためには、世の中の変化に対して、社会価値を共創的に生み出していく必要があると思います。たとえばコロナ禍を経て、コミュニケーションの手段が変わりました。オンラインでのコミュニケーションが増えましたが、オンラインでは対面で感じていた相手の細かな表情の変化や場の空気感、仕草などを感じきれない部分がありますよね。でも、音を含め、五感に豊かに訴えることで、対面と近い感覚でコミュニケーションできるようになるかもしれません。ほかにも、過疎地域などでの高齢者のフレイル※が課題となっていますが、新しいコミュニケーションの手法があれば、高齢者の方の積極的な社会参加につながり、フレイル低減に貢献できるかもしれません。自分たちが誰とどう技術をつくり、社会価値を訴求していけるのか。研究開発に取り組みながら、共創的な価値探索に取り組み続けています。
※フレイル:加齢や疾患によって身体的・精神的なさまざまな機能が徐々に衰え、心身のストレスに脆弱(ぜいじゃく)になった状態のこと


音で表現する生態系や心象風景のダイナミズム
たとえば、どのような取り組みを行っているのでしょうか。最近の事例を教えてください。
宮田さん最近は“学び”の分野に力を入れています。今は小中学校でも社会課題に対しての探求的な授業が増えていますよね。五感をフルで活用するセンサリーラーニング※1も注目を集めています。“学び”の環境が大きく変わりつつあるなか、生態学・ゲノム科学・ネットワーク科学の融合により生物多様性※2を活用し、結果として保全することを目指すサンリット・シードリングス株式会社との共創で、2024年に神戸の海の生物多様性を学ぶワークショップを行いました。
※1センサリーラーニング:視覚・聴覚・触覚などの五感を刺激して発達を促す学び。センサリープレイとも
※2生物多様性:さまざまな生き物が多様な形で直接的・間接的に関わり合っていること


音と海の生物多様性がどのようにつながるのでしょうか?
宮田さん海の生態系は植物性プランクトンや動物性プランクトン、捕食する魚などの生物のヒエラルキーのバランスで成り立っています。そういった生物の音を、姿かたちや機能からイメージしてサウンドクリエイターに作ってもらい、それぞれを空間の音として重ねることで生態系のシンフォニーを立体的に響かせるというものです。生態系を空間の音として表現することで、言葉ではない、これまでとは違った形で自然や豊かさが体感できるようにしました。実際、参加した親子でどんな音のバランスがいいか、話し合いながら進め、自分たちが理想とする豊かな海の音を作り出していました。
海の生態系がどんな音になったのか、とても興味深いですね。
宮田さんこのほか、音でオリジナルの街を作るワークショップも。街のいろんな音の要素を、これも小学生が自分の感覚で要素を一つずつ、ボリュームや聞こえる方向などを決め、自分だけの街を音で表現しました。いろんな街の音が生まれましたが、子どもたちの個性や感性には驚くばかりでした
音を通じた新しい体験が子どもたちの気づきにつながりそうですね。
宮田さん大学などの研究機関との共創では、卒業研究テーマとして制作された、弱視・晴眼の子どもたちが一緒に水族館を楽しんでもらうためのワークショップに、アイデア段階から参加しました。水生生物のユニークな動きを視覚的にどう感じるかを、光と空間的な動きをともなう音で表現して、弱視の子どもたちともその感覚を共有しながら学ぶ内容です。弱視の子どもたちは音にとても敏感で、聴覚を通して細やかに空間の変化などを感じ取っています。クラゲの動き、鰯の群れ、大きな鯨の動きなどを、見た人の感情も含めて音で表現しました。子どもたちが興奮していたこと、細かな音の工夫を感じ取ってくれていたことは、多数派・少数派という物差しではなく、それぞれに合った体験を深く訴求していくことの価値を感じさせました。

あらゆる分野との共創を通じて、未来の可能性を切り拓く
さまざまな分野でのワークショップを開催・参加されていますが、今後はどのように考えていらっしゃるのでしょうか?
宮田さんこれまでのワークショップでの取り組みは、“音”の価値探索という当社起点の発想で、多くの経験値が得られました。今後は教育などの分野だけでなく、多くの企業・研究機関との共創を重ね、社会価値を創出していきたいと考えています。
たとえば50年後の未来。TOAはどんな貢献ができるでしょうか。
宮田さん50年後ですか…なかなか想像が難しいですが、たとえば、人は月面など地球外で暮らすシーンもあることでしょう。でも、月は昼夜があるだけで人のバイオリズムに寄与する豊かな自然環境がありません。地球の自然を感じたり、月面にいながら森林浴ができたら、おもしろいですね。
確かに月での暮らしが豊かになりそうですね。最後に一言、お願いします。
宮田さんこれまでの社会は中央集権的で、参画者は同じ価値観を持ち生産性を高めることで、物質的な豊かさを手に入れたかもしれません。でも、今は多様性の時代。一人ひとりの個が活きる時代になっていくと思います。その分、個々のニーズも多様になるはずですから、当社も自由な発想で多様な社会価値を訴求していく必要があると思います。音をはじめとする五感を豊かに使うことは私たちの暮らしに欠かすことができない一方で、機能のみならず情動に寄与できる可能性があります。今後も共創を通じて、豊かな未来に向けてさまざまなチャレンジを続けていきたいと考えています。
TOA株式会社
TOA株式会社公式サイトへ
TOA ナレッジスクエア
TOA ナレッジスクエア公式サイトへ
TOA オトノハナシしませんか
TOA オトノハナシしませんかWebサイトへ
企業広告
TOA グローバルサイトへ