ヒトの好奇心をくすぐる時速5kmの移動体験

「iino(イイノ)」の開発やモビリティサービスの実現に取り組んでいるのは、大阪府茨木市に実験センターを構えるゲキダンイイノ合同会社です。スローモビリティに着目し、iinoを活用したウォーカブルな町づくりにまで視野を広げる座長・嶋田悠介さんに、お話をお伺いしました。

iinoの開発に取り組んだきっかけを教えてください。

嶋田さんごみを収集するパッカー車ってありますよね。子どもの頃から、収集員がごみを収集するために降りて、また飛び乗って、移動して…という風景を見るなか、いつでも自由に乗り降りできる乗り物があれば、自分の体一つでどこまでも行けそうだなと思っていたんです。そんな乗り物は、どんなデザインで、どんな速度で走るのか。ずっと考えていたのですが、今から7年前、ゲキダンイイノ設立前のことですが、実際に実験してみようと思って、市場などで活躍しているターレットトラックを一台借りて、乗り降りするためのステップもこしらえて、大学構内で実験してみたんです。最初は時速7kmでした。

スローモビリティがもたらす新しい移動の価値とは何でしょうか?

歩く速度には人間の好奇心をくすぐる力があるんです。歩くからこそ見えてくる風景ってありますよね。また、目的地に一直線で到達するよりも、いろんな寄り道をしながら到達した方が人の幸福度が高いという研究結果もあります。

スローモビリティによる人の好奇心を呼び起こすような移動体験を通して、人生を豊かにすること。これこそが価値であり、ビジネスとしても成立すると考えたのです。その後もモビリティの改良を続け、動く茶室、移動式日本酒バー、移動式ヘッドマッサージなど、テストマーケティングを積み重ねたことで、空間づくりに貢献できること、回遊性が高められることなど、次第に時速5kmの価値が明確になっていきました。そして、これらの時速5kmの価値を社会に実装することを目的として、2020年に「移動体験をデザインする」ゲキダンイイノを設立しました。

大切にしたのは「シェア体験」「視線の高さ」「家具のようなデザイン」

スローモビリティiinoについて教えてください。

嶋田さん現在は大きく2つのタイプがあります。ひとつは6〜8人乗りで公道走行が可能*な「type-S」。もうひとつは最大3人乗りの「type-S712」で、公道歩道の走行が可能です。ともに大切にしているのは、複数人が乗車できること。実証実験の結果、移動体験はシェアすることが大事だとわかり、小型のtype-S712でも3人まで乗れるようにしています。また、どの町や施設も歩行時の視線の高さが建築などの基準になっていますので、それに合わせた立ち姿勢で乗車することも重視しています。以前は座るタイプもあったのですが、周りの視線が気になって落ち着かなく、自由に乗り降りするにも不便でした。iinoは立ち姿勢で乗車できるので、周りの歩行者との共存性も高めています。

*現時点では軽自動車で保安基準緩和の認可を受け、幅員の広い歩道空間などで実証中

iinoは乗り物としてのデザインも独創的です。

嶋田さんあまりロボット感の強いものではなく、人が触れてみたいと思うような、温かみのある家具のような存在を目指して、木材を使っています。充電中や移動中であっても町の風景に溶け込み、乗車時も人がリラックスして落ち着ける、そんなデザインになっていると思います。

運転は完全に自動走行ですね。

嶋田さん開発当初は有人でしたが、現在はさまざまなセンサーを用いて、リアルタイムに検知したデータと、事前に取得した地図データとを照らし合わせることで、自動走行を行っています。障害物を検知して、安全に減速・停止でき、遠隔システムで複数台のiinoを監視・制御することもできます。

社会実装に向けて、各地での実証実験も積極的に行っています。

嶋田さん公道での走行に向けて、警察庁や国土交通省と一緒に、大阪・御堂筋や神戸・三宮の中心部などの大都市や大型商業施設で実証実験を行い、道路法上の規制はもちろん、急な飛び出し時に停止できるのか、子どもが乗っても大丈夫なのかなど、安全性や運用面についても、課題を一歩ずつクリアしながら、2025年には運用を開始できるような段階にまでたどり着きました。

ちなみに、iinoという名前の由来は?

実は時速5kmの低速モビリティなんて周りにまったくなかったので、実証実験では多くの人から「これ、乗っていいの?」って何度も聞かれたんです。「これ乗っていいの?」と話しかけたくなるような乗り物になれば…という想いを込めて、iinoにしました。将来は「乗っていいの?」と聞かれなくても、誰でも自由に乗り降りできるようになればいいですけどね(笑)。

賑わいを生み出す“メディア的モビリティ”が、移動をもっと楽しいものに

車中心から人中心へ。近年注目を集めるウォーカブルな町づくりにもiinoは貢献できそうです。

嶋田さんiinoでの移動体験を町の賑わいの創出につなげるための実験にも取り組んでいます。たとえば神戸・三宮の実験では、乗換などを行う小型のモビリティスポットを町に分散させて設置。どのように町を移動してもらうのか、どのように歩行者と共存するのか、モビリティスポットはどのようなデザイン・機能が必要かなどを、自治体の方々と一緒に検討しました。また、位置情報を活用し、ルート上のあるポイントに到着した時には減速してスポットを解説したり、商品を紹介するような音声コンテンツが流れる仕組みも。これまでのモビリティにはない、町と人をつなぐメディア的な要素も、大変評価をいただいています。

そんなiinoでどんな“未来の移動”が実現できそうでしょうか?

目的地に到着すればよいという直線的な移動から、自由に乗り降りしながら町やエリアの魅力を楽しむ移動へ。音声コンテンツをきっかけに、町の裏道に入ってみたり、ショップやカフェに立ち寄ってみたりと、まさに「人の好奇心を呼び起こすような移動体験」がiinoによって実現できると考えています。1900年のパリ万博では好きな時に乗り降りできる“動く歩道”が初めて登場し、1970年の大阪万博でも長く延びる“動く歩道”が注目を集めましたが、iinoはデジタルの力で、その“動く歩道”のコースやスピードを調整することができ、しかも自由に乗り降りもできます。乗客に「あそこに行ってみたいな」「寄り道してみようか」と思ってもらえるような移動体験を、私たちはこれからも大切にしたいですね。

これからのiino やゲキダンイイノのビジョンを教えてください。

嶋田さん
人生を豊かにする移動体験とは、目的地に到着するまでの、思いがけない経験や想定外の出会いではないでしょうか。便利だから乗るだけでなく、乗っていて楽しいモビリティになるよう、実証実験の成果も踏まえながら、ハード面もソフト面も積極的にアップデートしていく予定です。そして大都市から商業施設、さらに地域の観光地まで、新しい移動体験を通じて、賑わいを生み出すことにも貢献できればと考えています。

実証実験でiinoを一番うまく利用してくれるのが、実は子どもたちなんです。こんな風に乗って楽しむんだな…と私たちがあらためて学ぶことはたくさんありました。EXPO2025大阪関西万博では、御堂筋のサテライト会場などでiinoを走行させるプロジェクトも視野に入れています。時速5kmのモビリティとは何か、どんな移動体験ができるのか、たくさんの人に知っていただく機会になればうれしいですね。

ゲキダンイイノ合同会社
https://gekidaniino.co.jp

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