平均寿命が延び、人生100年時代が謳われるなか、歯や口の中の健康は、食べること、話すことはもちろん、心身の健康や健康寿命*1にも大きく関わっています。厚生労働省と日本歯科医師会では「8020運動*2」も提唱されているなか、世界初の医療技術を実現させた、歯の健康のための“再生医療”に注目が集まっています。

*1 健康寿命:健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間のこと
*2 8020運動:「80歳以上で20本以上の歯を保とう」という運動のこと

健康な自分の歯をもう一度!歯髄幹細胞を用いた世界初の治療技術

再生医療とは、ケガや病気で損なわれた体の機能を元通りに戻すため、⼈間の体が持っている「再⽣する⼒」を利⽤して細胞や組織、臓器の再⽣を行うこと。再生医療はこれまで治療できなかった病気やケガに対して、新しい医療技術を提供することが期待されています。近年はiPS細胞による再生医療がニュースになることも。今回は兵庫県神戸市に拠点を構え、新たな歯の治療法「歯髄(しずい)再生治療」や歯髄幹細胞保管(バンク)事業などに取り組むエア・ウォーター・アエラスバイオ株式会社の代表・菊地耕三さんにお話をお伺いしました。

菊地耕三さん

 

歯や口の中の健康は、いつまでも元気でいるためにとても大切なことですよね。なるべく歯医者さんのお世話になることなく、健康な自分の歯を保ち続けたいですが…。

菊地さん1日3回の歯磨き、歯科医院でのクリーニングなど、毎日の歯のお手入れはとても大切なこと。健康寿命の長い高齢の方の多くは、自分の歯をきちんと保っているという報告もあります。歯が健康だからこそ、毎日おいしく食事ができ、周りの人との会話もできますからね。

エア・ウォーター・アエラスバイオさんでは、そんな歯の健康のために、歯髄再生治療の研究などに取り組んでいらっしゃいます。まずはこの歯髄再生治療について教えてください。そもそも「歯髄」とは何でしょうか?

菊地さん歯髄とは簡単に言えば、歯の神経のこと。歯は外側を覆う硬いエナメル質、その内側に象牙質があり、歯髄は象牙質の中にある神経組織です。ここには歯の感覚を伝える神経や栄養・酸素を供給する血管などがあり、歯の健康に重要な役割を果たしています。

虫歯の治療などで「神経を抜きましょう」と歯医者さんがおっしゃるのは、この歯髄を抜くことなんですね。

菊地さんその通りです。ただ、歯髄を取り除くデメリットもあります。歯髄が本来持っている栄養供給能力や細菌への抵抗力などが失われ、歯の変色、痛みなどを感じないため虫歯や病気に気づけないリスクも。歯の強度が低下して折れやすくなるなど、結局は歯を失ってしまう可能性が大きく高まります。

歯髄再生治療とは、言葉の通り、その歯髄を再生する治療法のことなんですね。

菊地さん幹細胞のことはご存知でしょうか。幹細胞は分化能力(さまざまな組織の細胞に分化できる力)と複製能力(自身と同じ細胞を増やすことができる力)を持った特殊な細胞のこと。注目を集めるiPS細胞も幹細胞の仲間ですが、実は歯髄の組織には、神経や血管組織などの修復を助ける働きを持つ「歯髄幹細胞」が含まれています。この歯髄幹細胞の力を利用して歯髄を再生させるのが歯髄再生治療です。

たとえばどのようなケースで、どのように行われる治療なのでしょうか?

菊地さん治療は虫歯が進行しまったり、事故やスポーツなどで歯を損傷し、歯髄壊死したケースですね。さらに、すでに神経を抜いてしまった歯も対象になります。治療は親知らずなどのかみ合わせに影響のない歯から歯髄幹細胞を採取して培養。神経を取ってしまった歯の内部に、培養した歯髄幹細胞と薬剤を移植することで神経を再生させます。再生した歯髄の周囲には、新たに象牙質が形成されることも確認されています。自然な歯を再び生み出すことで、従来の義歯やインプラントよりも優れた治療効果が期待されています。

歯の神経は抜いたらそれまで、というのがこれまでの常識でしたが、歯の健康に欠かせない歯髄(神経)が再生するなんて画期的ですね!

菊地さん2020年に日本で承認された世界初の医療技術で、世界的にも先進的な治療法。国内でも当社唯一です。研究自体はそれ以前から行われていましたが、当社は歯髄再生治療の実用化や承認申請に向けた取り組みからスタートし、現在は歯髄再生治療の研究はもちろん、多くの歯科医療機関と連携を取りながら歯髄再生治療技術を提供。2025年4月時点ですでに100症例以上の実績を挙げています。


不用な歯から採取した歯髄幹細胞を未来のために

その歯髄再生治療とともに、エア・ウォーター・アエラスバイオさんが力を入れているのが歯髄幹細胞保管(バンク)事業です。こちらについても教えてください。

菊地さん保管した幹細胞を「必要な時に必要な分だけ」再生治療に用いるための、半永久的な歯髄幹細胞の保管サービスです。提携歯科医院で抜歯して頂いた歯であれば、乳歯やかみ合わせに影響のない親知らずなどには歯髄幹細胞がまだ生きています。その歯を捨てることなく、歯から歯髄幹細胞を取り出して、もしもの未来のために冷凍保管しておくのです。白血病の治療のための臍帯血(さいたいけつ)バンクや骨髄バンクをイメージするとわかりやすいかもしれませんね。

乳歯は必ず抜けますので、それを未来のために活かす歯髄幹細胞保管(バンク)は、子どもの将来にとっても安心です。

菊地さん幹細胞は体のさまざまな場所から採取できますが、歯髄幹細胞は他の幹細胞に比べて採取時の身体的・時間的負担が少ないのが特徴です。また、自分自身の幹細胞であれば、腫瘍(がん)化、拒絶反応といった副作用が起きることもありません。また、歯髄幹細胞は硬いエナメル質に守られているため、外部からの刺激を受けにくい状態にあることも特徴の一つ。臍帯血や骨髄、脂肪組織などで採取する幹細胞と比べて遺伝子に傷がつきにくい幹細胞と考えられています。

これからは「歯が抜ければ保管する」ことが当たり前の世の中になるかもしれませんね。

菊地さん幹細胞の再生力は、採取時の年齢が若ければ若いほど高いと言われています。自宅などで乳歯が抜けてしまった場合の保管は難しいですが、提携している全国370以上の歯科医院、ご希望であればかかりつけ歯科医院での抜歯を通して、歯髄幹細胞の保管が可能です。2025年4月現在、「アエラスバイオ歯髄幹細胞バンク」の保管患者数は歯髄再生治療の症例を上回る200件以上に達しています。

今後の課題などはあるのでしょうか?

菊地さんまだまだ新しい医療技術ですので、まずは多くの人に歯髄再生治療と歯髄幹細胞保管(バンク)について知ってもらいたいと考えています。また、課題の一つは治療と保管のコストです。現在、歯髄再生治療は保険適用外のため、治療費は全額自費となっています。今後は症例数や保管数の増加とともに少しでもコストを抑えること、また、第一段階として突発的な事故の際は保険適用になるよう申請に取り組むなど、当社としても多くの人が受けられるサービスになるよう努めていきたいと考えています。

第三者の幹細胞による再生、さまざまな病気治療への応用も視野に

お話を伺っていると、歯髄再生治療と歯髄幹細胞保管(バンク)は大きな可能性を秘めていると感じました。今後のビジョンなどを教えてください。

菊地さん歯髄再生治療においては、自分の幹細胞のみではなく、第三者の歯髄幹細胞での歯髄再生治療を目指しています。そうすることによって、親知らずや乳歯などの不用な歯がない患者さまでも治療が可能になります。日本では年間500万本の歯が廃棄されていますが、これらの歯の多くには健全な歯髄幹細胞が含まれています。これをぜひ有効活用していきたいと考えています。

他人の幹細胞での再生となると、ハードルは高くなりそうですね。

菊地さん確かにクリアしないといけない課題はたくさんあります。エア・ウォーターは、2025年4月、先端医療の企業・団体が集積する神戸医療産業都市(兵庫県神戸市)にある「国際くらしの医療館・神戸」内に新たな再生医療研究所を設立し、様々な課題に取り組みます。また、第三者の幹細胞を用いる歯髄再生治療については、2025年2月から安全性を確かめるための臨床研究がスタートしており、研究員の増員とともに、再生医療研究のさらなる加速を目指しています。

他にもどのような取り組みを考えているのでしょうか?

菊地さん現在取り組んでいる再生治療は歯科領域ですが、歯髄幹細胞のさらなる応用を視野に入れています。歯髄の言葉の通り、この幹細胞は神経や血管に分化しやすいことがわかっています。最近では脊髄損傷、脳梗塞、アルツハイマー病、骨粗鬆症や骨欠損といった病気治療のための研究が進んでいますので、新しく設立した再生医療研究所では歯髄幹細胞研究の最前線に立ってリードしていきたいと考えています。

一本の歯がさまざまな病気の治療に役立つかもしれませんね。

菊地さん再生医療は日進月歩で研究が進んでおり、今後は歯髄幹細胞の使い道も大きく広がるはずです。誰もが健康的に長生きできる未来を目指して、当社はこれからも歯髄再生治療や歯髄幹細胞の保管、再生医療の可能性を追求していきます。


 

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