みなさんは和歌山県が日本皮革三大産地の一つであることはご存知でしょうか?明治維新後、和歌山県では近代皮革産業が大きく発展。特にエナメル革の加工においては高水準の技術を誇り、和歌山レザーは国内外から高い評価を集めています。そんな和歌山県が誇る皮革産業について、次世代にも受け継いでいきたい唯一無二の技術とともに紹介します。

明治維新の偉人によって和歌山県の近代皮革産業が発展

今回はタンナー(製革業者)として多彩な革素材を提供している、和歌山市の有限会社大星産業代表・朝倉譲治さんに、和歌山県の皮革産業の歴史や強み、今後についてお話をお伺いしました。

朝倉譲治さん

 

革製品は私たちの暮らしに身近なものですが、兵庫県・東京都と並び、和歌山県が日本皮革三大産地の一つであることを初めて知る人も少なくありません。まずは和歌山県の皮革産業の歴史について教えてください。

朝倉さん和歌山県、なかでも和歌山市の皮革産業は400年以上の歴史があると言われています。もともとこの地は徳川御三家の一つ、紀州藩のお膝元として発展。多くの武士が暮らしていました。甲冑や武具などに使うなめし革の生産も盛んだったのです。革をなめす作業には水も多く用いますが、紀の川が流れているこの地は水の恵みがあったことも、その後の発展の理由の一つでしょう。明治維新で大きく世の中が変わるなか、紀州藩出身の陸奥宗光(むつむねみつ)が、和歌山市の近代皮革産業に大きく貢献します。

 

陸奥宗光といえば、坂本龍馬らが中心となって設立した海援隊にも所属。明治時代には外務大臣として活躍し、切れ者としてカミソリ大臣とも呼ばれた人物ですよね。

朝倉さん海外と日本の技術力をよく理解していた陸奥宗光は、軍の洋式化を見すえ、皮革製の兵用具や軍靴の自給を目指していました。そこで自らの故郷であり、皮革産業の土壌があった和歌山の地に、明治3年(1870)、「西洋沓仕立て」並びに「鞣(なめし)革製法伝習所」を開設。ドイツから革細工師と靴工を招聘し、技術の向上に注力しました。その後、日清・日露戦争、第一次世界大戦と続くなか、皮革の需要が増大。最盛期は100社以上のタンナーが牛革や馬革を供給していました。第二次世界大戦の戦災によって皮革工場の多くが消失しましたが、戦後は新しい染色方法を開発するなど技術革新に努め、今も国内三大産地に名を連ねています。

 

国内三大産地に数えられる兵庫県や東京都など、地域によって皮革産業にも違いがあるのでしょうか?

朝倉さん兵庫県の姫路市周辺はタンナーが多く集まっていて、成牛革生産量では国内屈指。東京都の墨田区は荒川沿いにタンナーが多く、主にピッグスキン(豚革)のなめし業では国内生産量の9割を占めています。兵庫県の宝塚市や伊丹市はソフトな衣料用・手袋用のレザーで知られていますね。

 

和歌山県の皮革産業にも特徴があるのでしょうか?

朝倉さん現在の和歌山県の皮革産業は主に牛革の加工技術、なかでもエナメル革の加工に優れており、国内シェアの7割を誇ります。他の地域が分業制を多く採用するなか、和歌山県のタンナーは原皮からなめし加工、染め、型押しに至るまで、一貫して自社内で行っていることも特徴の一つ。だからこそ、各社が独自の加工技術に特化した、特徴ある革素材を供給できることが、大きな強みになっています。

 

革素材の価値を高める唯一無二の技術

エナメル革の加工技術について、詳しく教えてください。

朝倉さんエナメル革とは財布などでよく見かける、革の表面に光沢と耐久性を持たせた革のことです。当社もエナメル加工の技術は強みの一つ。職人の手吹きによる丁寧なスプレー塗装と乾燥によって、高品質のエナメル革を生み出しています。塗装時は小さな気泡でも一つも見逃すことなくきれいにならしたり、乾燥時は塗膜につく小さなゴミも丁寧に除去するなど、一つひとつの工程にも気を配っています。それもあってか、当社のエナメル革は多くの国内外ブランドに評価され、財布や小物などに採用いただいています。

 

大星産業さんはエナメル革以外にも牛革の加工を得意としていますよね

朝倉さん当社は加工に特化したタンナーです。凹凸が刻印してある型を機械にセットし、圧力を加えて革に模様をつける型押し加工では、オリジナル型を150種類以上、プリントロールは50種類以上を揃えています。後処理も丁寧に行うことが、独特の模様を美しく表現するポイントです。さらに、さまざまなフィルムや箔を革に圧着させる独自のフィルム加工技術にも強みを持っています。

 

そういった技術を駆使して、唯一無二の革素材を供給しているんですね。

朝倉さん一言で牛革といっても品質はさまざまで、特級品からC級品までありますが、たとえ牛革の品質が多少落ちていても、優れた表面加工を施すことによってその価値を高めることができます。物価高騰のご時世ですから、エナメル革は原材料費を抑えたいメーカーからの引き合いが多くなっていますね。


 

最近は輸入皮革の割合も増えていると聞いています。

朝倉さん確かに輸入皮革や、安価な合皮を使った製品は多いですが、価格で勝負するのではなく、当社としてはモノの品質で勝負したいと思っています。同じ和歌山県のタンナーも、各社が独自の技術を持ち、独自の革素材で勝負しています。和歌山県のタンナーはチャレンジャー。何でもまずはやってみるんですよね。先人もそうやって技術を生み出してきましたし、我々もそのスタンスで新しいことに取り組まないと、この先はありません。どこのタンナーでも作れるものではなく、独自性がある革素材をメーカーに提案し、ニーズを自ら開拓するくらいのスタンスでいますよ。

 

大星産業さんはどんなチャレンジに取り組んでいるのでしょうか?。

朝倉さん時代のトレンドに合った皮革の加工を行うことはもちろんですが、当社の技術を別の分野にも応用できればと考えています。たとえば最近では、ゴム素材のウェットスーツに当社技術を用いることや、ホテルなどのインテリア素材にも活用できないかと試行錯誤しています。革素材はもちろん、その唯一無二を生み出す技術にも焦点を当てて、皮革産業の未来につなげたいと思っています。

 

未来のための「共創」が皮革産業の可能性を切り拓く

2025年は大阪・関西万博が開催されます。朝倉さんは前回の大阪万博も覚えていらっしゃるのでは?

朝倉さんそうですね、学生時代の頃です。国内が大阪万博一色で盛り上がって、私も何度も会場に足を運びましたよ。今回の大阪・関西万博にも、もちろん期待しています。やはり国内外からたくさんの方が訪れますからね。当社も含め、和歌山県のタンナーによる展示会も万博会期中に開催予定です。和歌山県の皮革産業のことを少しでも知ってもらう機会になればと思っています。

 

和歌山県では県の工業技術センターと連携して、環境に配慮した製革技術の研究にも取り組んでいると聞いています。

朝倉さん工業技術センターはもちろん、いろんなメーカーや人との「共創」も大切にしたいと考えています。最近、あるメーカーが直接当社を訪れて、こんな革を作ってもらえないか…と相談してくれまして。新しい革素材を提供することができました。そうやって革素材やそれを生み出す技術を軸に、人と人のつながりを広げていくことが新しいビジネスにもつながっていくはずです。

 

革素材とそれを生み出す技術を高めながら、次代に残していきたいですね。

朝倉さん和歌山県の皮革産業には、和歌山県だけの特徴や独自性があります。それらを若い世代が受け継いで、我々の世代では思いもつかないような新しい分野にも積極的にチャレンジして欲しいと思います。チャレンジの源は、やはりモノづくりへの想いでしょうね。私も「この技術でこんなことができないか」「この革素材ならこの分野に応用できるのでは…」なんて常に考えています。当社では20代の若手社員が在籍し、技術の習得に励んでいます。担い手の育成も我々の重要な役割。彼らが経験を積み、成長して、いつか皮革産業の次代を担ってくれたらうれしいですね。


 

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